Takashi Tsuda // 湿度計 CD
ここに収められた5曲は、2007年夏 STARNET RECODE にて、音のインスタレーション『湿度計』として発表したものを再構成し、さらに益子でフィールドレコーディングした音の風景をコラージュしたものです。したがって、CD『湿度計』は、インスタレーションの音源をそのまま収録した記録音源というわけではありません。
私にとって、サウンドインスタレーションとCDでは作業のベクトルがまるで違うものです。
サウンドインスタレーションは多層的な時間を多層的なまま描くことができるものであり、一方CDはひとつの流れとして時間の多層性を表現するものである、と考えているからです。
2007年5月に打ち合わせとフィールドレコーディングのため益子に数日滞在し、インスタレーションの音源製作に入る段階で、展覧会時に販売する新作CDもあるといいのでは、というお話もいただいていたのですが、その時は上記を理由に一旦お断りする形になってしまいました。
インスタレーションの展示が7月一杯で終了し、8月9月は進行保留にしていたのですが、10月に入り自発的にCD音源としてまとめる作業に取り掛かりました。11月に一度益子を訪れてイメージを再確認し、デモ版として一応の完成を見たのは12月に入ってからです。
CDでは、早朝、午前、白昼、夕方、夜、という5つの場面に沿って、「朝の水」「畦道にて」「湿度計」「蒼」「夜の水」という5曲で構成しました。
作業は各場面ごとの時間帯にあわせて毎日少しづつ行ないました。当然のことながら、早朝と深夜では音の聴こえが異なり、また音の聴こえがもたらす心象も異なるからです。
音とは、空気振動と意識が相互に浸透する現象であり、音の作業は、相互浸透の様態を観察し定着させる試みである、という考えから、そうした作業工程が必要でもあり、またこれは「響き/聴こえ」に関して様々な発見をしていく楽しい体験でもありました。
1、朝の水
早朝の STARNET 近くの林の中、湧き水が滴る谷の小道にて夏鳥たちのさえずりを収録。
腐葉土を透過して集まってきた水滴が谷を潤し、鳥たちの水飲み場になります。
インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、リバース変調等の加工を施し、上記サウンドスケープとコラージュしました。
2、畦道にて
木工作家・高山秀樹さんに案内していただき、高山さんのアトリエ付近でフィールドレコーディングしました。真新しい水が張られたばかりの瑞々しい水田が、陽の光でゆっくりと暖まり、蛙が鳴き始めます。
はじめに音風景を構成し、インスタレーションに使用した音源をもとにギター用マルチエフェクターで演奏しドローンにしたものを重ねました。
3、湿度計
ピアノや水琴窟、鳥や虫の声などに聴こえる音は、全て水滴の音を電子変調したものです。
インスタレーションでは、完成したばかりの STARNET RECODE の梁に設置された14台のスピーカーから音がランダムに鳴る仕掛けでした。RECODE の外では虫や鳥が鳴いていて、音の風景は高館山へと続いていきます。
このインスタレーションで使用した7種類の音源をそのまま使って構成・ミックスしました。ただ、遠近法的な音の配置に疑問を持ったので、音の定位に関してかなり実験をしました。デジタル・サウンド・プロセスのソフトウェアであるmax/MSPを用いて、ゆるいモジュレーションとランダムなパンをかけ、片方のチャンネルのみをギター用マルチエフェクターのリバーブとディレイに送り、音量や定位、エフェクトのかかり具合がランダムに移り変わるようなシステムを作りました。このシステムをリアルタイムで操作したものをハードディスクに戻し録音しました。つまり、ミックス時には、私はラップトップ上のシステムのパラメータとエフェクターのフットペダルを即興的に演奏していたことになります。
4、蒼
夕闇迫る STARNET ZONE の中央にステレオマイクを立て、その周囲を裸足になって歩き回りながら、水の入ったガラス瓶や巻貝の貝殻で即興演奏しました。その音源を倍音律に電子変調し、ミキシングの段階で重ねました。音律の特徴が前面に出ていて、アルバム中では異色の、ちょっと不思議な雰囲気の曲と思います。
陽が陰り、蒼い静寂の気配が辺りを満たします。
5、夜の水
陽が落ちると、STARNET には田畑から蛙の合唱が聴こえてきます。
夜は深く、時間が満ち、音はねっとりと甘く沈澱していきます。
「朝の水」同様、インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、上記サウンドスケープとコラージュしました。
「朝の水」「湿度計」「夜の水」という3曲が、強いて言えば、インスタレーションでの音像に近いものとなっています。
12月中旬に再度STARNETを訪れ、馬場さんにデモを聴いていただき、その場でリリースが決まったのですが、その後ディレクター磯部さんとのやりとりを重ねながらミックスバランスや全体の尺等の調整をしました。この段階で、上記の複雑な(もしくは単純すぎる)作業工程のため調整ができない箇所も生じていましたが、結果的には、当初のイメージやコンセプトがかえって前面に出た音源になったと思います。この最終調整の作業は12月後半から年明けにかけて行ないました。
マスタリングは皿disc庄司広光さんの手によるものです。ディレクター磯部さんと私の立ち会いのもと、都内某所の皿discスタジオにて、1月中旬の丸一日かけて行なわれました。庄司さんの仕事にいつもながら脱帽する次第です。心より感謝を述べたいと思います。
最後になってしまいましたが、CD発売にあたって、かつて衛生放送局『ST.GIGA』のプロデューサーとして、近年はSOUNDBUMのプロジェクトで活躍されているフィールドレコーディングの先駆者、サウンドアーティストの川崎義博さんより、身に余るコメントをいただきました。心より御礼申し上げます。
(Takashi Tsuda)
ここに収められた5曲は、2007年夏 STARNET RECODE にて、音のインスタレーション『湿度計』として発表したものを再構成し、さらに益子でフィールドレコーディングした音の風景をコラージュしたものです。したがって、CD『湿度計』は、インスタレーションの音源をそのまま収録した記録音源というわけではありません。
私にとって、サウンドインスタレーションとCDでは作業のベクトルがまるで違うものです。
サウンドインスタレーションは多層的な時間を多層的なまま描くことができるものであり、一方CDはひとつの流れとして時間の多層性を表現するものである、と考えているからです。
2007年5月に打ち合わせとフィールドレコーディングのため益子に数日滞在し、インスタレーションの音源製作に入る段階で、展覧会時に販売する新作CDもあるといいのでは、というお話もいただいていたのですが、その時は上記を理由に一旦お断りする形になってしまいました。
インスタレーションの展示が7月一杯で終了し、8月9月は進行保留にしていたのですが、10月に入り自発的にCD音源としてまとめる作業に取り掛かりました。11月に一度益子を訪れてイメージを再確認し、デモ版として一応の完成を見たのは12月に入ってからです。
CDでは、早朝、午前、白昼、夕方、夜、という5つの場面に沿って、「朝の水」「畦道にて」「湿度計」「蒼」「夜の水」という5曲で構成しました。
作業は各場面ごとの時間帯にあわせて毎日少しづつ行ないました。当然のことながら、早朝と深夜では音の聴こえが異なり、また音の聴こえがもたらす心象も異なるからです。
音とは、空気振動と意識が相互に浸透する現象であり、音の作業は、相互浸透の様態を観察し定着させる試みである、という考えから、そうした作業工程が必要でもあり、またこれは「響き/聴こえ」に関して様々な発見をしていく楽しい体験でもありました。
1、朝の水
早朝の STARNET 近くの林の中、湧き水が滴る谷の小道にて夏鳥たちのさえずりを収録。
腐葉土を透過して集まってきた水滴が谷を潤し、鳥たちの水飲み場になります。
インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、リバース変調等の加工を施し、上記サウンドスケープとコラージュしました。
2、畦道にて
木工作家・高山秀樹さんに案内していただき、高山さんのアトリエ付近でフィールドレコーディングしました。真新しい水が張られたばかりの瑞々しい水田が、陽の光でゆっくりと暖まり、蛙が鳴き始めます。
はじめに音風景を構成し、インスタレーションに使用した音源をもとにギター用マルチエフェクターで演奏しドローンにしたものを重ねました。
3、湿度計
ピアノや水琴窟、鳥や虫の声などに聴こえる音は、全て水滴の音を電子変調したものです。
インスタレーションでは、完成したばかりの STARNET RECODE の梁に設置された14台のスピーカーから音がランダムに鳴る仕掛けでした。RECODE の外では虫や鳥が鳴いていて、音の風景は高館山へと続いていきます。
このインスタレーションで使用した7種類の音源をそのまま使って構成・ミックスしました。ただ、遠近法的な音の配置に疑問を持ったので、音の定位に関してかなり実験をしました。デジタル・サウンド・プロセスのソフトウェアであるmax/MSPを用いて、ゆるいモジュレーションとランダムなパンをかけ、片方のチャンネルのみをギター用マルチエフェクターのリバーブとディレイに送り、音量や定位、エフェクトのかかり具合がランダムに移り変わるようなシステムを作りました。このシステムをリアルタイムで操作したものをハードディスクに戻し録音しました。つまり、ミックス時には、私はラップトップ上のシステムのパラメータとエフェクターのフットペダルを即興的に演奏していたことになります。
4、蒼
夕闇迫る STARNET ZONE の中央にステレオマイクを立て、その周囲を裸足になって歩き回りながら、水の入ったガラス瓶や巻貝の貝殻で即興演奏しました。その音源を倍音律に電子変調し、ミキシングの段階で重ねました。音律の特徴が前面に出ていて、アルバム中では異色の、ちょっと不思議な雰囲気の曲と思います。
陽が陰り、蒼い静寂の気配が辺りを満たします。
5、夜の水
陽が落ちると、STARNET には田畑から蛙の合唱が聴こえてきます。
夜は深く、時間が満ち、音はねっとりと甘く沈澱していきます。
「朝の水」同様、インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、上記サウンドスケープとコラージュしました。
「朝の水」「湿度計」「夜の水」という3曲が、強いて言えば、インスタレーションでの音像に近いものとなっています。
12月中旬に再度STARNETを訪れ、馬場さんにデモを聴いていただき、その場でリリースが決まったのですが、その後ディレクター磯部さんとのやりとりを重ねながらミックスバランスや全体の尺等の調整をしました。この段階で、上記の複雑な(もしくは単純すぎる)作業工程のため調整ができない箇所も生じていましたが、結果的には、当初のイメージやコンセプトがかえって前面に出た音源になったと思います。この最終調整の作業は12月後半から年明けにかけて行ないました。
マスタリングは皿disc庄司広光さんの手によるものです。ディレクター磯部さんと私の立ち会いのもと、都内某所の皿discスタジオにて、1月中旬の丸一日かけて行なわれました。庄司さんの仕事にいつもながら脱帽する次第です。心より感謝を述べたいと思います。
最後になってしまいましたが、CD発売にあたって、かつて衛生放送局『ST.GIGA』のプロデューサーとして、近年はSOUNDBUMのプロジェクトで活躍されているフィールドレコーディングの先駆者、サウンドアーティストの川崎義博さんより、身に余るコメントをいただきました。心より御礼申し上げます。
(Takashi Tsuda)
Takashi Tsuda // 湿度計 CD
- Availability:
長らく廃盤となっていた作品が2014年にリイシュー。
3rd reissue of his first album 'Shitsudokei'.
CD『湿度計』制作メモここに収められた5曲は、2007年夏 STARNET RECODE にて、音のインスタレーション『湿度計』として発表したものを再構成し、さらに益子でフィールドレコーディングした音の風景をコラージュしたものです。したがって、CD『湿度計』は、インスタレーションの音源をそのまま収録した記録音源というわけではありません。
私にとって、サウンドインスタレーションとCDでは作業のベクトルがまるで違うものです。
サウンドインスタレーションは多層的な時間を多層的なまま描くことができるものであり、一方CDはひとつの流れとして時間の多層性を表現するものである、と考えているからです。
2007年5月に打ち合わせとフィールドレコーディングのため益子に数日滞在し、インスタレーションの音源製作に入る段階で、展覧会時に販売する新作CDもあるといいのでは、というお話もいただいていたのですが、その時は上記を理由に一旦お断りする形になってしまいました。
インスタレーションの展示が7月一杯で終了し、8月9月は進行保留にしていたのですが、10月に入り自発的にCD音源としてまとめる作業に取り掛かりました。11月に一度益子を訪れてイメージを再確認し、デモ版として一応の完成を見たのは12月に入ってからです。
CDでは、早朝、午前、白昼、夕方、夜、という5つの場面に沿って、「朝の水」「畦道にて」「湿度計」「蒼」「夜の水」という5曲で構成しました。
作業は各場面ごとの時間帯にあわせて毎日少しづつ行ないました。当然のことながら、早朝と深夜では音の聴こえが異なり、また音の聴こえがもたらす心象も異なるからです。
音とは、空気振動と意識が相互に浸透する現象であり、音の作業は、相互浸透の様態を観察し定着させる試みである、という考えから、そうした作業工程が必要でもあり、またこれは「響き/聴こえ」に関して様々な発見をしていく楽しい体験でもありました。
1、朝の水
早朝の STARNET 近くの林の中、湧き水が滴る谷の小道にて夏鳥たちのさえずりを収録。
腐葉土を透過して集まってきた水滴が谷を潤し、鳥たちの水飲み場になります。
インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、リバース変調等の加工を施し、上記サウンドスケープとコラージュしました。
2、畦道にて
木工作家・高山秀樹さんに案内していただき、高山さんのアトリエ付近でフィールドレコーディングしました。真新しい水が張られたばかりの瑞々しい水田が、陽の光でゆっくりと暖まり、蛙が鳴き始めます。
はじめに音風景を構成し、インスタレーションに使用した音源をもとにギター用マルチエフェクターで演奏しドローンにしたものを重ねました。
3、湿度計
ピアノや水琴窟、鳥や虫の声などに聴こえる音は、全て水滴の音を電子変調したものです。
インスタレーションでは、完成したばかりの STARNET RECODE の梁に設置された14台のスピーカーから音がランダムに鳴る仕掛けでした。RECODE の外では虫や鳥が鳴いていて、音の風景は高館山へと続いていきます。
このインスタレーションで使用した7種類の音源をそのまま使って構成・ミックスしました。ただ、遠近法的な音の配置に疑問を持ったので、音の定位に関してかなり実験をしました。デジタル・サウンド・プロセスのソフトウェアであるmax/MSPを用いて、ゆるいモジュレーションとランダムなパンをかけ、片方のチャンネルのみをギター用マルチエフェクターのリバーブとディレイに送り、音量や定位、エフェクトのかかり具合がランダムに移り変わるようなシステムを作りました。このシステムをリアルタイムで操作したものをハードディスクに戻し録音しました。つまり、ミックス時には、私はラップトップ上のシステムのパラメータとエフェクターのフットペダルを即興的に演奏していたことになります。
4、蒼
夕闇迫る STARNET ZONE の中央にステレオマイクを立て、その周囲を裸足になって歩き回りながら、水の入ったガラス瓶や巻貝の貝殻で即興演奏しました。その音源を倍音律に電子変調し、ミキシングの段階で重ねました。音律の特徴が前面に出ていて、アルバム中では異色の、ちょっと不思議な雰囲気の曲と思います。
陽が陰り、蒼い静寂の気配が辺りを満たします。
5、夜の水
陽が落ちると、STARNET には田畑から蛙の合唱が聴こえてきます。
夜は深く、時間が満ち、音はねっとりと甘く沈澱していきます。
「朝の水」同様、インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、上記サウンドスケープとコラージュしました。
「朝の水」「湿度計」「夜の水」という3曲が、強いて言えば、インスタレーションでの音像に近いものとなっています。
12月中旬に再度STARNETを訪れ、馬場さんにデモを聴いていただき、その場でリリースが決まったのですが、その後ディレクター磯部さんとのやりとりを重ねながらミックスバランスや全体の尺等の調整をしました。この段階で、上記の複雑な(もしくは単純すぎる)作業工程のため調整ができない箇所も生じていましたが、結果的には、当初のイメージやコンセプトがかえって前面に出た音源になったと思います。この最終調整の作業は12月後半から年明けにかけて行ないました。
マスタリングは皿disc庄司広光さんの手によるものです。ディレクター磯部さんと私の立ち会いのもと、都内某所の皿discスタジオにて、1月中旬の丸一日かけて行なわれました。庄司さんの仕事にいつもながら脱帽する次第です。心より感謝を述べたいと思います。
最後になってしまいましたが、CD発売にあたって、かつて衛生放送局『ST.GIGA』のプロデューサーとして、近年はSOUNDBUMのプロジェクトで活躍されているフィールドレコーディングの先駆者、サウンドアーティストの川崎義博さんより、身に余るコメントをいただきました。心より御礼申し上げます。
(Takashi Tsuda)
長らく廃盤となっていた作品が2014年にリイシュー。
3rd reissue of his first album 'Shitsudokei'.
CD『湿度計』制作メモここに収められた5曲は、2007年夏 STARNET RECODE にて、音のインスタレーション『湿度計』として発表したものを再構成し、さらに益子でフィールドレコーディングした音の風景をコラージュしたものです。したがって、CD『湿度計』は、インスタレーションの音源をそのまま収録した記録音源というわけではありません。
私にとって、サウンドインスタレーションとCDでは作業のベクトルがまるで違うものです。
サウンドインスタレーションは多層的な時間を多層的なまま描くことができるものであり、一方CDはひとつの流れとして時間の多層性を表現するものである、と考えているからです。
2007年5月に打ち合わせとフィールドレコーディングのため益子に数日滞在し、インスタレーションの音源製作に入る段階で、展覧会時に販売する新作CDもあるといいのでは、というお話もいただいていたのですが、その時は上記を理由に一旦お断りする形になってしまいました。
インスタレーションの展示が7月一杯で終了し、8月9月は進行保留にしていたのですが、10月に入り自発的にCD音源としてまとめる作業に取り掛かりました。11月に一度益子を訪れてイメージを再確認し、デモ版として一応の完成を見たのは12月に入ってからです。
CDでは、早朝、午前、白昼、夕方、夜、という5つの場面に沿って、「朝の水」「畦道にて」「湿度計」「蒼」「夜の水」という5曲で構成しました。
作業は各場面ごとの時間帯にあわせて毎日少しづつ行ないました。当然のことながら、早朝と深夜では音の聴こえが異なり、また音の聴こえがもたらす心象も異なるからです。
音とは、空気振動と意識が相互に浸透する現象であり、音の作業は、相互浸透の様態を観察し定着させる試みである、という考えから、そうした作業工程が必要でもあり、またこれは「響き/聴こえ」に関して様々な発見をしていく楽しい体験でもありました。
1、朝の水
早朝の STARNET 近くの林の中、湧き水が滴る谷の小道にて夏鳥たちのさえずりを収録。
腐葉土を透過して集まってきた水滴が谷を潤し、鳥たちの水飲み場になります。
インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、リバース変調等の加工を施し、上記サウンドスケープとコラージュしました。
2、畦道にて
木工作家・高山秀樹さんに案内していただき、高山さんのアトリエ付近でフィールドレコーディングしました。真新しい水が張られたばかりの瑞々しい水田が、陽の光でゆっくりと暖まり、蛙が鳴き始めます。
はじめに音風景を構成し、インスタレーションに使用した音源をもとにギター用マルチエフェクターで演奏しドローンにしたものを重ねました。
3、湿度計
ピアノや水琴窟、鳥や虫の声などに聴こえる音は、全て水滴の音を電子変調したものです。
インスタレーションでは、完成したばかりの STARNET RECODE の梁に設置された14台のスピーカーから音がランダムに鳴る仕掛けでした。RECODE の外では虫や鳥が鳴いていて、音の風景は高館山へと続いていきます。
このインスタレーションで使用した7種類の音源をそのまま使って構成・ミックスしました。ただ、遠近法的な音の配置に疑問を持ったので、音の定位に関してかなり実験をしました。デジタル・サウンド・プロセスのソフトウェアであるmax/MSPを用いて、ゆるいモジュレーションとランダムなパンをかけ、片方のチャンネルのみをギター用マルチエフェクターのリバーブとディレイに送り、音量や定位、エフェクトのかかり具合がランダムに移り変わるようなシステムを作りました。このシステムをリアルタイムで操作したものをハードディスクに戻し録音しました。つまり、ミックス時には、私はラップトップ上のシステムのパラメータとエフェクターのフットペダルを即興的に演奏していたことになります。
4、蒼
夕闇迫る STARNET ZONE の中央にステレオマイクを立て、その周囲を裸足になって歩き回りながら、水の入ったガラス瓶や巻貝の貝殻で即興演奏しました。その音源を倍音律に電子変調し、ミキシングの段階で重ねました。音律の特徴が前面に出ていて、アルバム中では異色の、ちょっと不思議な雰囲気の曲と思います。
陽が陰り、蒼い静寂の気配が辺りを満たします。
5、夜の水
陽が落ちると、STARNET には田畑から蛙の合唱が聴こえてきます。
夜は深く、時間が満ち、音はねっとりと甘く沈澱していきます。
「朝の水」同様、インスタレーションで使用した音源を基に再生速度変調、上記サウンドスケープとコラージュしました。
「朝の水」「湿度計」「夜の水」という3曲が、強いて言えば、インスタレーションでの音像に近いものとなっています。
12月中旬に再度STARNETを訪れ、馬場さんにデモを聴いていただき、その場でリリースが決まったのですが、その後ディレクター磯部さんとのやりとりを重ねながらミックスバランスや全体の尺等の調整をしました。この段階で、上記の複雑な(もしくは単純すぎる)作業工程のため調整ができない箇所も生じていましたが、結果的には、当初のイメージやコンセプトがかえって前面に出た音源になったと思います。この最終調整の作業は12月後半から年明けにかけて行ないました。
マスタリングは皿disc庄司広光さんの手によるものです。ディレクター磯部さんと私の立ち会いのもと、都内某所の皿discスタジオにて、1月中旬の丸一日かけて行なわれました。庄司さんの仕事にいつもながら脱帽する次第です。心より感謝を述べたいと思います。
最後になってしまいましたが、CD発売にあたって、かつて衛生放送局『ST.GIGA』のプロデューサーとして、近年はSOUNDBUMのプロジェクトで活躍されているフィールドレコーディングの先駆者、サウンドアーティストの川崎義博さんより、身に余るコメントをいただきました。心より御礼申し上げます。
(Takashi Tsuda)